人生は夕方から楽しくなる。ン、ほんとかな?


by Go-in-Kyo-san
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仏教

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最近、仏教に関する本をよく読んでいる。発端は、マレーシアに住んでいる頃を思い出していたとき、移民局などに提出する書類には信じる宗教を記入する欄があり、そこに一応「Buddhist」と記入していたことを思い出した。ところが、自分は仏教について何にも知らないことに気がつき、愕然としたのだ。今からでも遅くはないと思い、先ず、入門書を探した。ちゃんと入門書があるのだ。
「50歳からの仏教入門」「大人のための仏教入門」とかいろいろあった。ひろさちや氏が書いた本は分かりやすく、入門書としては良かった。そのあと梅原猛の「梅原猛の授業 仏教」「梅原猛の授業 仏になろう」「梅原猛、日本仏教をゆく」「歓喜する空海」と角川ソフィア文庫「仏教の思想」全12冊を読んだ。

「仏教の思想」全12冊を読むには、かなり時間を費やした。特に2,3,4冊目はそれぞれ「存在の分析―アビダルマ」「空の論理―中観」「認識と超越―唯識」が書かれている。仏教哲学、深層心理学の世界なのだ。この3冊を読んでいる時は、深いジャングルの中を地図も磁石も持たずにさ迷っているようだった。5冊目の「絶対の真理―天台」、6冊目の「無限の世界観―華厳」へと読み進むにつれて、多少視界が開けてきた。そして、なんとか、かんとか、12冊読み終えた。

「仏教の思想」全12冊の内容を全部覚えることは、私には不可能なことなので、読んでいる中で“なるほど”と腑に落ちる所の前後を、少し注意深く読むという読み方をした。そして9冊目の“死の哲学から生の哲学=生の肯定へと、その五色に輝く真言密教の「生命の思想」「森の思想」「曼荼羅の思想」こそ、宗教のあるべき姿が求められる現代、もっとも大きな意味をもつものであろう。― 裏表紙より抜粋 ― という真言宗に心を惹かれた。

真言密教の根本的立場は「煩悩即菩提。いちずに煩悩を否定し去って菩提、即ちさとりを得るのではなく、煩悩さながらに煩悩が菩提となるのである。いわば煩悩の絶対肯定において、煩悩がそのまま菩提に価値転換するわけである。煩悩の根を断ち切ったならば菩提そのものも得られない」と説くのである。一般に煩悩を断ち切るには厳しい修行を積まなければならないとされている。しかし、この場合、拡大解釈すれば発想の転換をすればよいのである。悩み、逆境の中になんらかの光明を見つけ、いやなことは忘れて、前向きに生きる、それが「煩悩の菩提への価値転換」であるなら、これほど分かりやすい「悟り」はないのではないか。大江健三郎氏が言った「意思を持った楽天主義」にも通じる考え方だと思う。

高野山のお坊さんに「日ごろどのようなことを心がけたらよいですか」と聞いたことがある。答えは「あの仏様だったら、“こうおっしゃるだろうな、”と言うことを考えることです。」

仏教はあまり難しく考えなくてもいいのかもしれない。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-05-31 15:07 | 折にふれ | Comments(0)

豚肉とおからの煮物

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豚肉とおからの煮物のレシピを姉妹ブログ「姪たちに贈る我が家の味」にアップしました。
姪たちの一番人気のお惣菜で、取り合いで食べているそうです。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-05-29 19:58 | 手料理 | Comments(0)

ゆすら梅

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いつも野菜などをいただいている友人の家の庭にあり、たくさん実をつけていました。高校卒業まで住んでいた埼玉の家の庭にもゆすら梅の木がありました。小さいときから高校を卒業してあの家を離れるまで、毎年この実を食べていましたので、このゆすら梅の実を見ると、摘まんで口に入れたくなります。さくらんぼのような懐かしい味がします。

埼玉に住んでいた頃の友達の家には、それぞれいろいろな果物の木がありました。T君の家にはざくろ、O君の家にはすもも、A君の家にはあんず、M君の家にはぐみ等。それぞれ実のなる季節に「食べ歩き」をしたものです。これらの果物を見ると、それぞれの友達を思い出します。

あの頃、りんご、みかん、なしなどは果物屋で買う果物で、そのほか、たとえば、上記以外では、
いちじく、ぶどう、柿、栗、枇杷などは木からもいでくるか、拾ってくるもので、買って食べる果物ではなかったのです。いまでも、散歩の途中でいちじくや枇杷等を見るとつい手が出そうになり、妻に注意されます。その時、頭のどこかでタイムスリップして、子供の頃に戻っているのだと思います。子供なのだから、大目に見てよ、と言いたくなります。実際にそう言って、妻の注意を無視して、食べることもあります。妻は、まったく、といった顔でにらみますが、男は幾つになっても子供の部分があるのだと言って、あとはむにゃむにゃでおしまい。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-05-26 17:52 | 折にふれ | Comments(6)

コナラの定植

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一昨年の秋に種を採取・種まきをして、昨年の5月中旬にカミネッコンに移植し、一年間友人に預かってもらっていたコナラの苗を、市内某公園に特別に植えさせてもらってきました。これから定期的に下草刈りをするなど、当分の間面倒を見なければならないでしょう。

定植した場所は公園管理の人があらかじめ、ざっと下草を刈っておいてくれたので、スコップで残っていた下草をどけて地面を出し、そこに2本と3本とかためて置き植えしてきました。沢の斜面なので地面は石だらけです。穴を掘るのはちょっと大変な所です。カミネッコンは置くだけなので、大きな石やコンクリートの上に置かない限り、ちゃんと活着するでしょう。


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また写真のように運搬も簡単です。

これで昨年来、ずっと気になっていたことがひとつ片付きました。
広葉樹を山に、特に現在針葉樹の人工林に植える事を、どうやって広めてゆくか、
それが今後の課題です。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-05-24 16:34 | 折にふれ | Comments(0)

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大島桜の苗をカミネッコンに移植しました。この状態で育てて、来年の春先に定植する予定です。昨年、種をビニールポットに蒔いた時は、はたしてちゃんと発芽するのか自信がありませんでした。何しろ初めての試みでした。従って、その時点ではどこに植えるか、全く考えていませんでした。
これから定植する所を探さなければなりません。これらの苗を欲しい方はご連絡ください。差し上げます。

また、カミネッコンを使って、植樹、あるいは森づくりなどに興味をお持ちの方もご連絡ください。
カミネッコンを使っての植樹には次のような利点があります。
1.種の採取、播種、育苗、定植まで同じ人が一貫して出来る。
2.上記の作業は非常に簡単。小学生でも出来る。
3.定植する時、植える穴を掘らなくて良い。植える場所を軽く整地して、カミネッコンを置くだけ。東先生は「置き植え」と呼んでいます。
4.活着率は非常に高い。(東先生によると100%)

将来的には、市民による森づくりのグループが出来上がったらいいな、と考えています。一緒になって、やってみたいという方もご連絡ください。お待ちしております。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-05-19 18:01 | 折にふれ | Comments(3)

我が家の秘密兵器

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我が家の漬物樽である。たくあんを漬けてあった。これから半年間、お休みだ。
もともとは酒樽だった。近所の酒屋で貰ったものだ。苦労して上の蓋を抜いて、漬物を漬けられるようにした。これに沢庵を漬けた。最初の数年は酒の匂いと杉の香りがする沢庵漬けが出来た。一時期味噌樽として使ったことがあったが、これは失敗だった。味噌の溜りが木に浸み込んでしまうのだ。味噌の美味しい所を樽に吸われてしまってはもったいない。味噌は甕で保存することにした。あるとき、味噌屋で味噌樽を見る機会があった。味噌樽の内側は漆が塗ってあって、溜りを吸わないようになっているのだ。酒は良いのになんで味噌は駄目なんだろう?

再びこの樽は漬物樽になった。数年間、今度は味噌漬けのような沢庵が出来た。今では味噌の味も杉の香りも抜けて、すっかり漬物樽になっている。半年間は休んでいるが、漬物を美味しく作ってくれる微生物は生きているのだろう。毎年美味しい沢庵を作ってくれる我が家の秘密兵器だ。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-05-18 18:17 | 折にふれ | Comments(0)

初夏の食材

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イチゴ、三つ葉、たけのこ、さやえんどうです。このような物が店先に出だすと、初夏の訪れです。実はこの写真、4月末に撮ったものです。連休中は忙しく、また連休後もサイドワークが異常なほどに忙しく、これを話題にブログを書くことが出来ませんでした。その忙しさもようやく落ち着いてきて、今日は久しぶりにのんびりとした日曜日を過ごしています。

イチゴ。最近クリスマス用のイチゴなんていうのがあるそうですが、私はこの時期のイチゴが好きです。この写真のイチゴで、妻がジャムを作りました。ところがこのイチゴは最近の品種らしく、非常に甘く、酸味も少なく、そのまま食べれば美味しいイチゴなのですが、ジャムには不適でした。酸味のない、ただ、やたらに甘いだけのジャムになってしまいました。困っていた所、最近、かつて行きつけの野菜の朝市に行ったら、粒の小さいイチゴを売っていました。このイチゴは酸味も強く、昔ながらのイチゴでした。このイチゴに、甘すぎるイチゴのジャムを混ぜ、さらにレモンの絞り汁を加え、ジャムを作り直しました。今度は、適当に酸味のある、我が家好みのジャムが出来上がりました。ジャム作りも難しくなったと、妻はぼやいています。が、あの朝市で売りに出るイチゴがジャムには適しているのだと分かったことは収穫でした。

三つ葉。露地植えの三つ葉です。一年中出回っている「糸三つ葉」に比べると、本来の三つ葉の形をしています。沢などで見かける野性の三つ葉に近い形です。私は、豆腐と三つ葉の味噌汁が大好きです。4日間、豆腐と三つ葉の味噌汁を楽しみました。

たけのこ。これも季節のものですね。たけのこの温室栽培は出来ないでしょう。たけのこは先ず水茹でして、先のほうの柔らかな所と皮の白い柔らかなところは木の芽和えにします。中ごろの所はわかめと一緒に若竹煮にします。下の固いところは、色々な煮物に使ったり、炊き込みご飯に使ったりします。

さやえんどう。私は、一年中出回っているぺったんこのものではなく、中の豆が大きくなっていて、かといってすじが硬くなく、という丁度食べごろのさやえんどうが好きです。さっと茹でて、多少しゃりしゃりするくらいのが美味しい。スナップエンドウも軟らかく、しかも、ボリュームがあっていいですね。そう、そう、さやに入ったグリーンピースを買ってきて、義母にピースご飯を作ってもらいました。
美味しく「季節」をいただきました。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-05-17 10:23 | 折にふれ | Comments(0)

サッチェプとオハウ

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写真はサッチェプ。アイヌの人たちが作る鮭の薫製だ。4月中旬に白老にあるアイヌ民族博物館から届いた。経緯はこうである。昨年の夏、北海道の友人にアイヌ民族博物館に連れて行ってもらった。そこで小さく切ったサッチェプを一袋、お土産に買って帰った。とても美味しかったので、昨年末、正月用にと思ってアイヌ民族博物館に1本注文した。ところが、今年の分は売り切れだと言う。鮭は冬用の食料だと思っていたので、その訳をたずねた。アイヌの人たちは晩秋に獲った鮭を冬の間半年近く寒風にさらして乾燥させ、春先になってチセの囲炉裏の上で薫製にするのだと言う。夏用の保存食なのだ。冬イコール食糧不足と考えるのは農耕民族的考え方で、狩猟採取民族のアイヌの人たちにとって、冬の森の中は見通しがよく、雪の上に獣の足跡などを見つけやすく、狩をしやすいのだそうだ。彼らにとって、必ずしも冬イコール食糧不足ではないらしい。

感心したのは、その製法だ。晩秋に獲った鮭を半年近く自然の寒風にさらして乾燥させ、春先になってチセの囲炉裏の上で薫製にする。なんと理にかなった方法ではないか。塩も使わないし、薫製小屋を作るわけでない。普段住んでいる家の中で作るのだ。農耕牧畜文明的に考えれば、なんとも効率の悪い方法であるが、自然の摂理に叶った方法だと思う。
アイヌ民族博物館の学芸員の人の説明を聞いて、自然を征服し、経済効率のみを追い求めている我々の生き方(農耕牧畜文明的、日本で言えば弥生文化的生き方)を、これでいいのだろうかと、考えさせられた。

そのサッチェプだが年末に予約して、出来上がりは来年の4月か5月ごろだと言う。出来上がったら、また連絡しますと言うことだったので、昨年末に予約したのだ。ほとんど忘れかけた頃、博物館から今年の分が出来上がりました、と言う連絡がきた。そして、予約どおり送ってもらった。

さて、肝心の味である。鮭独特の脂っこさと生臭さが全くなく、鮭の美味さが上品に凝縮されている。塩味は鮭の体内にある塩分だけで、それが美味さを上品にしている。サッチェプと比べると新巻きサケやスモークドサーモンなどはとても足元にも及ばないと、私は思った。
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サッチェプのアラを使ってオハウを作った。オハウは三平汁の原型だと言う。行者ねぎの代わりにニラ、根曲がり竹のたけのこの代わりにも孟宗竹のたけのこを使った。味は上々、品の良い「三平汁」だった。
自然と共に生きてきたアイヌの人たちに思いを馳せながら、自然の恵みがいっぱい入った「オハウ」をいただいた。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-05-12 16:08 | 折にふれ | Comments(5)

長良川の女神は微笑んだ



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立派なアマゴだ。私の甥が釣ってきたものだ。姿が良いのは分かるが、大きさは正確な所はこれでは分からない。楓の葉の大きさから推定するしかないが、尺に届くほど大きくはなさそうだが、リリースサイズでもなさそうだ。この微妙なところがいいのだ。
東京に住んでいる彼にとって、長良川のアマゴは長い間のあこがれの的だった。長良川でのアマゴ釣りに恋焦がれていたのだ。GWウィークの前に、彼の一人息子が「千葉へ遊びに行きたい」言い出したのだそうだ。「里山があって、きれいな川が流れていて、景色のいいところ」へ行きたい、と言ったそうだ。それだったら、千葉ではなくT叔父さんのところだ、と言うことになったらしい。

1日目、2日目と私が案内人になって、アマゴ釣りを試みたが、一匹も釣れなかった。頼りない案内人!3日目の夕方、案内人抜きで彼ら3人だけで最後のチャンスを試したのだ。邪魔な案内人が居なかったのがよかったか、長良川の女神は遠来の客を、形の良いアマゴを進呈してもてなしてくれたのだ。一匹だけと言うのが良い。なにしろ、東京から郡上まで6時間もかかるのだ。沢山釣れるたら、またすぐ来たくなる。ところが6時間もかかる。彼は渇望に苦しむことになる。その辺、長良川の女神はちゃんと心得ているのだ。

このアマゴはどうなったか?一人息子のお腹の中に無事納まった。焼き干しにする時間がなかったので、ホイルの包み焼きにした。沢の上の石垣に生えている山椒の若葉を採ってきて、みじんに刻み、甘味噌に混ぜて、山椒味噌を作った。これを内臓を抜いたアマゴの腹に詰め、アルミホイルで包んで、炭火で蒸し焼きにした。蒸しあがったアマゴの身をほぐし、少し焦げて香りが起ってきた味噌と混ぜて食べるのだ。かれの息子は、父親が自分の目の前で釣ったアマゴを母親に料理してもらって食べたのだ。一口食べては、にさにさ。また一口食べては、にさにさ。至福のときだ。見ていて微笑ましかった。

彼らは一匹のアマゴをそれぞれの方法で頂いたのだ。長良川の女神がくれたアマゴに合掌。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-05-09 15:44 | 長良川 | Comments(0)

千客万来

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4月29日から5月4日まで山の家に行ってきた。29日、30日の2日間は友人と魚釣り。友人は今年初めてのアマゴ釣りだ。解禁以来、待ちに待った甲斐があって2日間で20匹近い釣果。形もよく、満足、満足。私のほうは数も形も友人に及ばなかったが、次に来るお客に食べてもらうには十分な釣果だった。
そして、5月2日の午前2時。甥の一家が東京からやってきた。彼らを出迎えたのは、満天の星、山の冷気、沢の水音。夜が明けると、うぐいす、ほおじろ、せきれいなどの鳥の鳴き声、向かいの山の新緑、冷たくてまろやかな沢の水。これだけで彼らはリラックスすると同時に、見るもの、聞くもの、肌で感じるもの、味わうもの、全て彼らにとって非日常のものばかりで、彼らのテンションも上がりっぱなしだった。
まず、水。こんな美味しい水を飲むのは初めてだと、沢の水を汲んでは飲んでいた。そして蕎麦。沢に即席の水船を作り、茹で上がった蕎麦をここで洗って、冷やした。蕎麦は冷たい水にきゅっと締まり、かといって冷えすぎず、まろやかな水の味が蕎麦に移り、土産屋で買ってきた蕎麦が一流蕎麦屋の蕎麦にひけを取らないような味になった。夜は芋焼酎。普段はストレートで飲んでいると言う甥は、沢の水で焼酎を割って、これはまろやかと、ほっぺたが弛みっぱなしだった。
夕食。囲炉裏を囲んで日式BBQ。牛肉、帆立貝、大蛤、焼き野菜、朴葉味噌など炭火で焼いたものは、旨味が外に逃げないので、焼いただけで美味しくなるのだ。極め付きは五平餅。くるみ味噌もさることながら、一番人気は味噌と生醤油。これが双璧だった。くるみ味噌の五平餅を食べた後、焼きおにぎりを食べたいと言いだした甥のリクエストに応え、くるみ味噌の代わりに生醤油と郡上味噌を別々に五平餅に塗って付け焼きした。これにみんな夢中になってしまった。
彼らが一番感激したものを取り上げてみると、水、炭火、ご飯、味噌、醤油なのだ。極々当たり前のものばかり。これらが日本の食文化の原点なのだと、改めて感じた。
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今回のハイライトはギターとハーモニカのジャムセッション。甥は高校のときにクラシックギターの合奏部に入っていたので、ギター暦は長い。持っているギターはK.YairiのYW600モデル。私のハーモニカはHOHNERのChromonica270、TomboのMajorBoy,LeeOskar MelodyMaker。
Chromonica270を使って「Let it be」,MajorBoyを使って「竹田の子守唄」、Melody Makerを使って「一人寝の子守唄」、この3曲を吹いた。甥は譜面がないにもかかわらず、コードを拾ってバックを付けてくれた。2,3回リハーサルをして本番に入った。甥はこちらの速さに合わせてくれ、あおるようにリズムを入れてくれた。気持ちよく吹けた。伴奏つきでハーモニカを吹いたことがなかったので、最高の気分だった。
これにはおまけがある。甥はギターを使ってくれと言って、置いていってくれたのだ。最高の置き土産だ。弾いてみると、私が弾いてもいい音がする。またひとつやることが増えた。スローライフは益々忙しくなる。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-05-05 11:17 | 山の家 | Comments(4)