人生は夕方から楽しくなる。ン、ほんとかな?


by Go-in-Kyo-san
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姉弟旅行・凸凹珍道中

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姉弟旅行は無事に終わった。姉にとって今回の旅行は、10数年続いたパーキンソン病の夫の看護生活、それに引き続く自身の心臓手術を含む数年の闘病生活、それらを経てようやくつかんだ自分の生活。失われた時間を取り戻し、残されたこれからの人生を楽しもうとする第一歩、羽ばたきの旅だった。

そしてその内容は、予想したとおりの凸凹珍道中。姉はどうやら方向音痴らしく、自信を持って別な方向にずんずん歩き始めてしまうのだ。せっかち、人の話を話半分しか聞かない早とちり、独りよがりなど、姉の性格が良く出た歩き方だった。姉独特の方向音痴。それが違った形で現れたのが、これからお話しするエピソード。

「国宝 阿修羅展」帰山記念 興福寺国宝特別公開2009 お堂でみる阿修羅。展示会場は仮金堂。中に入ると中央に本尊釈迦如来坐像、薬王・薬上菩薩立像、四天王立像、十大弟子、八部衆の像があり、前列中央に阿修羅像があった。姉はこの阿修羅像を見るなり、「あれはイミテーションのミニチュアだ。上野で見た阿修羅像はもっと大きく四天王像と同じくらい大きかった。これはミニチュアだ」と言い張るのだった。まさかミニチュアを展示するわけがあるはずもなく、会場の係りの人に聞いてみた。「これは本物ですか?」と。
係りの人は『なにをとんちんかんな事を聞くのか』とあきれたような顔をしながらも『これは本物です』と答えた。姉はまだ納得出来ず「これが上野に行ったのと同じものですか?」以下「姉」、『係り』。
『そうです。これが上野に行って帰ってきたそのものです』
「・・・・? だけど上野で見たときはもっと大きく見えた」(声が少し小さくなる)
『展示の仕方によって、見え方が変わることがあります』
(ちょっと元気になって)「そう、そう、上野の時の阿修羅様は台座の上に乗っていて、仰ぎ見る感じだった」
『そうですね、周りに何もなく、そんな角度で見ると大きく感じることがあるかもしれませんね』
「そうだ、そうだ。それで大きく見えたのだ。」
と言うことでその場は収まった。ところが宿に帰ってきたら、「あの時は、暑い日で日傘をさして2時間も待って入場し、阿修羅像の前は大勢の人だかり。大勢の人の頭越しに胸から上くらいしか見えなかった。立ち止まらないでください、と言う声にせかされてゆっくりみることが出来なかった。それで大きく見えたのかな?」とまた悩み始めた。

悩めるお姉ちゃんに助け舟を出すのが、弟の役目。『埼玉の田舎から出てきて2時間も待って、大勢の人の頭越しにチラッとしか見ることができないのじゃ可哀そうだからと、阿修羅様が気の毒がって、お姉ちゃんにだけ大きく見えるように変身したのだ』
「そうかもしれないね。なにか面白いことでもなければ、とっちゃんもブログの話題に困るものね。」と二人で大笑いをして「岐阜に帰ったら、この話をして皆で笑おうね」と、また大笑いしたのだった。

岐阜に帰ってきてからこの話をお義母さんと女房にして、また皆で大笑い。そこで、お姉ちゃんの守護佛は阿修羅様と言うことになった。おしゃべりが好きなお姉ちゃんの守護佛には、顔が三つある(口が三つある)阿修羅様が最もふさわしいということになった。

お姉ちゃんは「次は徳川美術館のお雛様展」と人参を顔の前にぶら下げて、元気に帰っていった。お姉ちゃん孝行も無事終わりました。ありがとうございました。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-10-30 14:24 | 折にふれ | Comments(10)

お姉ちゃん

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私には11歳年上の姉がいる。「お姉ちゃん」だ。小さいときからそう呼んでいるので、今でも「お姉ちゃん」だ。お姉ちゃんは私のことを「とっちゃん」と呼ぶ。姉がそう呼ぶものだから、姉の子供や孫たちも私のことを「とっちゃん」と呼ぶ。

そのお姉ちゃんが今日岐阜に来た。明日は二人で奈良へ、興福寺・国宝特別公開と正倉院展を見に行く。奈良のあとは伊勢へ行って伊勢神宮をお参りして帰ってくるという予定だ。姉の長女に言わせると姉弟二人が「お手手つないで幼稚園」でいいね、と言うことらしい。私が小学校に入った時は、姉はもう高校3年生。「お手手つないで」と言うより、「手を引いてもらった」と言うほうが正確だろう。

さて明日からの3泊4日の小旅行、どんな旅になるかお楽しみ。姉と顔を合わせるときは大抵誰かの葬式とか法事とかで、楽しいことで顔を合わせたことはほとんどなかった。そういった意味で今度の旅行は特別だ。無条件で楽しもう。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-10-25 17:20 | 折にふれ | Comments(5)
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大きなイベントが終わった。10月17日(土)と18日(日)の二日間、三重県桑名市で水郷水都全国大会が行われた。17日は25回水郷水都全国大会全体会議、18日は私が所属する団体「長良川河口堰建設に反対する会」が主催した「2009長良川救済DAY」。政官産学利権でがっちり固められていた自民公政権から、公共事業見直しをマニュフェストに掲げた民主党が政権をとってから初めて行われた今回のシンポジュームは、今までとは全く違った雰囲気の中で行われた。我々が今までやってきたことが、これからの政策に反映される可能性が現実味を帯びてきた、という希望が実感できたシンポジュームだった。

半年前にこのシンポジュームの構想が持ち上がり準備を進めてきて、あとはやるだけという段階になって、私にとって思いもよらぬ難題が降りかかってきた。プログラムの中にあるアメリカン・リバーズ、ジョン・シーバック氏の報告を日本語訳しなければならなくなったのだ。A4サイズで10ページ。プレゼンテーションのスライド一枚あたり2,3行の説明文を日本語に訳すということだったが、原稿を読んでみると後半の5ページ分が重要なメッセージだったので、この5ページは全訳しなければと思い翻訳することにした。翻訳のプロではないので、翻訳し終えるまで延べ四日かかってしまった。12日に取り掛かり、最終的に仕上がったのが16日の午前中。午後に印刷し、17日に綴じて、18日の配布にようやく間に合った。

何はともあれシンポジュームが無事に終わって何より。今日は私の64回目の誕生日。姉から送ってもらった、精白度88%・純米酒・「雲山」という不思議な酒を飲んで、ほろほろとなった気分でこの原稿をタイプしています。いやいや、この一週間、ご苦労様でした。64歳に乾杯。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-10-19 21:23 | 長良川 | Comments(6)

仮名手本忠臣蔵

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先週の金曜日、女房と二人で歌舞伎を観に行った。女房と二人で劇場に行くなんて、新婚早々の頃、Nitty Gritty Dirt Band の演奏を聴きに行って以来実に三十数年ぶりのことだ。女房は歌舞伎を見るのは初めてだという。

出し物は「仮名手本忠臣蔵」。市川団十郎と片岡仁左衛門の二枚看板。観たのは夜の部で五段目山崎街道鉄砲渡しの場、同二つ玉の場、六段目与市兵衛内勘平腹切の場、七段目祇園一力茶屋の場、十一段目高家表門討ち入りの場、奥庭泉水の場、炭部屋本懐の場。忠臣蔵は歌舞伎の代表的な出し物でおよその筋はわかっており、初めて観たにしては楽しむことが出来た。女房は役者の鍛錬された演技にひどく感動していた。例えば団十郎演じる由良之助が酔って横になるシーンで、顔を扇子で隠して横になったまましばらく身じろぎもしない場面や、中村橋之助演じる平右衛門が高い所から飛び降りそのまま胡坐をかく場面など、「相当鍛錬しないとあのようなことは出来ないよね。それを毎日演じるのだから役者さんは大変だ」なんて変なところに感心していた。

七段目祇園一力茶屋の場は義太夫仕立てになっている。舞台下手に義太夫語りの座が出来て、そこで語られる義太夫に乗って演技が進行してゆくのだ。私は生で義太夫というものを聴いたのは初めてだった。聴いたおかげで落語の「寝床」という噺が出来上がったわけがようやく理解できた。「寝床」は、お店の旦那が長屋の連中を呼んでご馳走を振舞いながら義太夫を聞かせるという話なのだが、呼ばれたほうはなんだかんだ口実を作って聴きに行かない算段をするのだが、聴きに来ないと今月中に長屋から出て行ってもらうという脅しには勝てず、しぶしぶ 聴きに行くという段取り。ご馳走を食べながらつぶやく話が、「横丁の隠居はあの義太夫を聞いた後ギダ熱を患った、どうみても人間の声とは思えない、動物園の脇を通るとあんな声が聞こえる、まともに義太夫が頭にぶつかると即死だ、命が欲しければ頭を下げていな」などなど、いろんな悪口をいいながら酒をがぶがぶ飲んで、早いところ酔っ払って寝ちゃいましょうというやり取りがあるのだが、今回本物の義太夫というものを聴いて、これらの悪口の意味が良くわかった。義太夫というのは芝居小屋で芝居と一緒に聴くから聴いていられるのであって、あれを普通の家で、ましてや素人がやったらまさしく「寝床」だということが良くわかった。

今回の芝居見物で忠臣蔵を楽しんだのは一番だが、「寝床」の成り立ちが理解できたことは副産物としては大きな収穫だった。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-10-12 15:40 | 折にふれ | Comments(0)

朝市の野菜と長良川の鮎

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またまた懲りずに野菜をこんなに買ってしまった。女房曰く、「郡上の野菜を見ると狂ってしまう」のだそうだ。郡上の朝市で売っている野菜は新鮮で美味しい上に安いので、ついつい買ってしまうのだ。私も芋とかぼちゃには目が無いのでかぼちゃと芋を見ると条件反射的に買ってしまうのだ。家に帰って冷蔵庫にしまう段になって始めて、しまった、買いすぎたと後悔するのだ。郡上の朝市で野菜を買うと毎回そうなのだが、全然学習しないのだ。全く困ったものだ。

そのあと一昨年からお米を買っている農家に寄って今年の契約分の一部を引き取った。丁度前日久しぶりに雨が降り、長良川も増水し簗に鮎がかなり落ちたらしい。もらい物だといって鮎もいただいた。家に帰ってきてから一夜干しにした。その晩は丁度満月だった。一夜干しでも特別な満月干しだ。

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私は鮎つりをしないので余り鮎を触ったことが無かったが、鮎をさばいていてその香りが良いのには驚いた。よく西瓜のような香りがするというが、私には青竹の匂いのように感じた。10匹いただいたので全部一夜干しにした。鮎のお腹を開いてみると、雄の腹には白子、雌の腹には卵が入っているだけで他の内臓はほとんどなくなってしまったといっても良いくらい小さくなっていた。黒い腸の部分を取り除き、白子、卵、肝臓をきれいに洗って塩を振って小さなビンにつめた。一週間くらいで珍味のうるかになるはずだ。その時は朝市で買ったかぼちゃを煮て鮎の一夜干しもさっと炙って、姉が送ってきた精米度88%というちょっと変わった純米酒を楽しむことにしよう。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-10-06 21:14 | 長良川 | Comments(1)

JazzNight

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先週の土曜日、去年の12月まで通っていた望夢寺子屋という英語塾のパーティーに行った。テーマは「JazzNight」。ピアノトリオの生演奏があるというのだ。編成はドラムス、ベースそしてピアノ。ピアニストは望夢のBusinessEnglishClassでクラスメートだったYasuhiroさん。望夢を辞めてからもう9ヶ月も経ったと言うのに元クラスメートたちは彼らが飲み会をやるときは誘ってくれるのだ。8月の最終土曜日にも飲み会があって、久しぶりに懐かしい面々と新しい人に会えた。その席でJazzNightの話を聞きJazzの生演奏を聴きに行ったのだ。

当日の望夢寺子屋の1階は大勢の人で一杯だった。演奏が始まってもおしゃべりがやむ気配がなく、Jazzの演奏そのものを楽しむにはちょっと騒がしかったが、パーティーという意味では楽しい雰囲気だった。演奏の後半はピアノのすぐ前のソファに座ることが出来た。するとクラスメートのSatoshiさんの奥さんが赤ちゃんを抱いて隣に座った。Linちゃんという生後5ヶ月のかわいい女の子。Toshi伯父さんの魔法の左ひざが健在かどうか確かめたくて、Linちゃんを抱かせてもらった。Linちゃんは人見知りをしない子で座りなれたという風情で私のひざにおとなしく座ってくれた。

そのあとはJazzの演奏に合わせてLinちゃんの手や足をもって拍子をとりスィングした。Linちゃんは指を握らせるとしっかりした力で指を握りJazzに合わせて腕を動かしたりして、今考えるとJazzの演奏にのってLinちゃんとダンスを踊っているようだった。

とうことでJazzNightはワイン片手にJazzの生演奏を楽しみ、しばらくぶりの人と言葉を交わし、また、Toshi伯父さんの「魔法の左ひざ」がまだ健在であることを確かめられ、ほんとうに楽しいひと時を過ごした。望夢のお友達の皆さん、また誘ってください。

鈴木学トリオの皆さん、近々AfterDarkへ聴きに行きます。
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by Go-in-Kyo-san | 2009-10-01 16:50 | 折にふれ | Comments(0)