人生は夕方から楽しくなる。ン、ほんとかな?


by Go-in-Kyo-san
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白山信仰の概要

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7月22日午後4時から、郡上市白鳥町長滝にある我が山荘で「郡上白鳥で語るニューヨークの風」と言う岐阜善意通訳ネットワークが主催する研修会が行われた。研修会の主眼は、郡上八幡に3年間住んでいて今はニューヨークに住んでいる坂本典子さんから、ニューヨークへ戻ってからの逆カルチャーショックの話や、日本とアメリカの学校教育の違いなどを話してもらうことだったのだが、実際はゲストにお呼びした、長滝白山神社の宮司若宮多門氏の独演会のようになってしまった。

宮司とは午後3時半に長滝白山神社の境内で落ち合い、先ず境内の池に咲いている「中尊寺蓮」の由来を、実際に花を眺めながらお聞きし、拝殿では「仏教には下品・中品・上品なる言葉がある。下品とは我々人間界のことであり、上品とは神の世界であり、中品とは両者の境、あるいはつなぎ目にみたてられる。即ち今私たちが立っているこの場所が中品の場所なのだ。ここで美しい仏像や絵画を拝し、僧侶の話に耳を傾け、神前儀式で徐々に神々と和合し、山伏たちの先達により山に入った」と言うようなお話を、その場所で宮司さんから直にお聞きすると「なるほど」と深く心に入って来た。

そのあと山の家に移動して、さらに白山信仰についてお話を伺ったのだが、その中で一番興味深かったのが奥州藤原氏と白山信仰の結びつきだ。白山神社は天台宗の守り神であり、天台宗の総本山は京都の比叡山にある。京都の情報は僧兵・山伏により極短時間に奥州まで届けられた。即ち藤原氏は信仰もさることながら、京都の情報をいち早く得るために、天台宗の山伏を利用したのだ、と言う。なるほど、私の長年の疑問が氷解した。白山信仰イコール「白山神社」と考えてはダメなのだ。白山信仰イコール白山神社プラス天台宗として考えなければ何も分からないのだ。勉強になった。
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Commented by 甥1号 at 2012-08-08 22:01 x
久々の投稿です。奥州平泉金色堂の裏手に、白山神社があります。我が家には、そこから毎年身代わりの人形が届きます。かれこれ25年くらい続いています。義経も山伏の格好をして、平泉まで落ち延びましたね。
私は、山伏は「山師」、つまり鉱山技術者がその始まりだったのではと考えています。修験道で山に入るのは、鉱脈探し。杖は地面をたたき、鉱脈を探り当てる。
弥生時代は、特に水銀が重要であり、水銀は断層の「中央構造線」に沿って、鉱脈があるようです。高野山もその中央構造線上にあります。奈良盆地や伊勢神宮しかりです。この一帯には「丹生」の地名や、丹生神社があり、水銀が産出されたことをうかがわせます。
そういえば、「奥州」の「オウ」は古墳時代の活躍した
製鉄技術集団のオオ氏の国という意味か?岩手は良質の砂鉄の産地です。金売りの吉次って、金じゃなくて、鉄を売っていたのかもしれない。甥1号@神社検定3級合格
by go-in-kyo-san | 2012-07-26 14:45 | 山の家 | Comments(1)