人生は夕方から楽しくなる。ン、ほんとかな?


by Go-in-Kyo-san
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策伝大賞改革案

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第10回策伝大賞の予選、決勝を観たが、今回の印象を一言で言えば「つまらなかった」。昨年の大会後「策伝落語誕生」を感じたような高揚感は無かった。第6回大会、第7回大会位のレベルに戻ってしまったような感じだった。

細かいことを抜きにして端的に言うならば、今までの大会の在り方が限界に来てしまったということだろう。予選で参加者が270名余と言うのはいかにも多すぎる。従来から感じていたことだが、持ち時間が予選で6分、決勝で8分と言うのは短すぎる。これでは話術よりも意外性、キャラクターなどが強調されすぎてしまい、本格的な「聞かせる落語」を喋る人の影が薄くなって、昨年感じた「策伝落語」の誕生になったのだろうが、これが良いことかと言うと、必ずしもそうではないと思う。全日本学生落語選手権「策伝大賞」の質を向上させるには、ここで選考方法などを改革する必要があると思う。

私の改革案
1.予選の持ち時間を9分、決勝の持ち時間を12分にする。
2.予選出場者数は120名(6名/会場X4会場X正味5時間)あるいは144名(6名/会場X4会場X正味6時間)とする。
3.事前のビデオ審査で120名ないし144名に絞り込む。

このようにすれば本格派の話し手が増えてくると思うが、如何でしょうか?

さて、今日は六代目桂文枝師匠の襲名披露公演。豪華な顔ぶれなので楽しみだ。
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Commented by go-to-kyo at 2013-02-25 21:14 x
事務局はできるだけ多くの学生にチャンスを与えようとしているのであり、1会場68人でも結果的にはOKだったのではないでしょうか。事前のビデオ審査は事務局の負担が大きすぎて困難なように思います。参加者も多いほうが交流会も盛り上がって良いのではないでしょうか。ご隠居も昨年のブログで『全日本学生落語選手権「策伝大賞」には単に落語の技量を競う選手権と言うだけでなく、落語に励む学生たちの交流の場としての意味も大きいと思う。』と言っています。予選の持ち時間6分間の制限により、脚色・工夫が余儀なくされ、新たな落語に生まれ変わるのではないでしょうか。長い目で見てあげたいと思います。ご隠居は「つまらなかった」とおっしゃいますが、結構楽しんでいましたし、200程は聞き逃しているわけで、決勝には進めなかった中に新たな「策伝落語」があったかもしれませんよ。
Commented by seishotei at 2013-02-28 11:01 x
お2人の意見に共通することで、異論を一言。「策伝落語の完成」とは、演者側の入賞に向かっての作戦であるけれど主催者側の認識ではない。今壱や海人の落語の縮め方は、あの日あの時は審査員の支持を得たけれどそれも永劫ではない。事務局はビデオを職員で一生懸命見ています。ところがそれが組み合わせに生かされていない。選出方法が不透明な所が一番の問題です。
Commented by go-to-kyo at 2013-02-28 18:07 x
事務局によるビデオの事前審査は有名無実でフリーパスだと勝手に思い込んでいました。第8回から同一団体から15名まで参加できるという制限を設けましたが、再考が必要でしょう。事前審査が生かされることを期待します。持ち時間の再考につながるかもしれません。
Commented by 隠居 at 2013-02-28 19:31 x
seishoteiさん、コメントありがとうございます。
「策伝落語」と言う言い方は昨年の海人の落語を聴いて、あ、新しいジャンルの落語が出来たなと感じ、私が勝手に考えた造語でありまして、演者側の作戦あるいは主催者側の認識とは無縁のものであります。あくまで私個人の主観の問題であります。 

「選出方法が不透明が一番の問題」と言うのは、確かに問題ですね。透明感のある選出方法とはどのようなものなのでしょう?
by go-in-kyo-san | 2013-02-25 11:19 | 落語in岐阜 | Comments(4)