人生は夕方から楽しくなる。ン、ほんとかな?


by Go-in-Kyo-san
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昭和39年3月、S県立K高校を卒業し、4月、北大に入学した。なぜ、北大か?いろいろ理由はある。
高校2年の時の担任は「あんちゃん」という物理の先生だった。このあんちゃんがある時面白いことを言った。「大学に入って、本当に勉強したかったら、自宅から通える大学に行け。早く大人になりたかったら、一日では帰ってこられない遠い所にある大学に行け」。 なるほどと思った。

高校3年の夏休みのある日曜日、朝日新聞の日曜版に根室のパイロットフォーレストの写真が載った。うねうねと広がる根釧原野にトラクターでドドマツの苗を植えている写真だった。「これだ!北海道だ!」この時、そう思った。

兄の親友にTさんという北大の医学部を卒業した人がいて、私のことを弟のように可愛がってくれた。その人が「トシくん、北大はいいぞ。旧七帝大のなかで、北大の入試は一番やさしくて、人気は東大、京大に次いで3番目だ(当時)。札幌の人はみんな北大生に親切だ。それに札幌には可愛いメッチェンが沢山いる。北大はいいぞ~」と言うのである。

最後にこれが決定的な理由なのだが、北大が浪人をしないで合格できるであろう最高のレベルだった。日本育英会の特別奨学金を貰っていた私には、現役で合格すると引き続き大学でも特別奨学金が貰えることになっていた。だから浪人することは許されなかった。3年になって本格的に受験勉強をしたが、参考書は各教科1冊だけ。塾も夏休みの予備校での夏期講習などというものも無縁だった。ラジオの大学受験講座だけが頼りだった。本当に省エネ受験勉強だった。入学願書も北大と二期校しか出さなかった。私立なんて、選択肢の外の外だった。だから、入試は1度しか受験したことはない。

北大の入試が終わったあとは、もう気が抜けてしまい、二期校の入試が控えていたが、勉強なんて何にもしなかった。吉川英治の宮本武蔵を図書館から借りてきて、1週間かけて全部読んだ。そして、合格通知の電報が来た。大阪にいた兄に知らせたが、信用しなかった。休暇を取って家に帰ってきた兄は、大学から送られてきた入学許可書を見て初めて信用し、そして、涙を流して喜んでくれた。兄は本当に涙もろいと、思った。あとで涙の訳を聞いたら、「これで面倒を見なくてすんだ。助かった。と思ったら、嬉しくなって涙が出てきた。」と言うのだ。私が合格したことを純粋に喜んでくれていたわけではなかったようだ。

そして、上野駅から「みちのく」「青函連絡船」「ライラック」と乗り継いで23時間59分かけて札幌に着いたのだった。その後の物語は次回のお楽しみ。お後がよろしいようで。



                         ―了―
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# by Go-in-Kyo-san | 2009-04-18 14:41 | 北大 | Comments(4)

北海道大学



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私にとって北海道大学は青春そのものであるといっても言い過ぎではない。今の私の人格、物の考え方の基本の大部分は北大での5年間で作られたと思う。キーワードは四つある。恵迪寮、落語研究会、林学そして落第。恵迪寮、落語研究会、林学を3本の縦糸とすると落第がそれらをつなぐ横糸と言える。それぞれにおいて、学んだもの、体得したものがある。
まず、恵迪寮。一部屋5人(一部の部屋は7人)総勢300数名の教養生が寝食を共にした寮である。ここで体得したことは自己主張と協調性そしてそのバランスのとり方。なにしろ二十歳前の若者が300人も同じ屋根の下で暮らしているのである。強く自己主張しなければ、埋没してしまう。かといって協調性がなければ共同生活を円滑には送れない。それをどうバランスをとるか。毎日が訓練だった。
落語研究会。落語をしゃべったので声は大きくよく通るようになった。また、間の取り方は上手くなったと思う。いろいろ事情があって全学での落語研究会は私が主体になって作ったので、新しい組織を作り、運営する訓練はさせてもらった。この経験は社会人になり合弁会社をマレーシアに作るプロジェクトでおおいに役に立った。
林学。ここでは生物の多様性と言うことを学んだ。例えば、たった1本の木を切っても、そのことが森全体にまで影響を及ぼすものなのだ、と言うことを知った。生態系は全てつながっていること、人間もそのごく一部なのだということ知った。しかし、林学については私の中で未解決の問題が多く、今でも、もやもやしたものをずっと引きずっている。
そして、落第。恵迪寮に入ってまもなく、寮の廊下ですれ違う先輩たちの中に、1,2歳しか年が違わないはずなのに、ずいぶん大人びた、そして多少哲学的は雰囲気を漂わせてる人が数人いた。話を聞くとみんな落第生だという。落第すると早く大人になれるのかと、変な勘違いをした。気がついたら落第していた。落第した1年分普通の人より余計に友達が出来た。得した。
それより何より、私の人格とか物の考え方などと言う小さな属性よりはるかに大きく貴重な財産を得た。友達だ。数十年会わなくても、再会した瞬間、ぱっと昔に戻ってしまう。このブログを開設を伝えたら、すぐさまコメントを寄せてくれたり、メールを送ってくれたのも、そのような友達だ。持つべきものは友達。使い古された言葉だが真実だ。だから使い古されるのだろう。インドネシアへ出張中、取引先の中国系のマレーシア人と四方山話をしていた時、「私は会社で偉くもならなかったし、財産を作ることも出来なかったが、友達は沢山いる」と言ったら、その人は「そういう人を人生の成功者というのだ」と言ってくれた。悪い気はしなかった。ホテルに帰ってから、バーでその言葉を思い出しながら、一人でちびりちびりと酒を飲んだ。その酒は美味かった。
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# by Go-in-Kyo-san | 2009-04-15 14:44 | 北大 | Comments(2)
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昨年の夏札幌を訪問した際、北大の博物館に展示してあったクラーク博士が残した言葉をノートしてきた。
Boys be ambitious! Be ambitious not for money or selfish aggrandizement, not
for that evanescent things which men call fame. Be ambitious for knowledge,
righteousness, and for uplift of your people. Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.
日ごろ見慣れていない単語が使われているので、辞書を引きながら自分で訳してみた。
「青年たちよ、大志をいだけ!金銭や利己的な権力、人々が名声と呼ぶはかないもののためではなく、知識、正しいこと、貴方の周囲の人たちを向上させることのために、大志を抱きなさい。人としてあるべきすべての事を得るよう、大志を抱きなさい。」
これを訳していて、これは最近読んでいる仏教の本に書いてあった菩薩行のことではないかと思った。菩薩が行う四つの利他行とは、布施(他人への施し)、愛語(慈愛のこもった言葉遣い)、利行(社会を益する行為)、同事(自他融合し、他人の身になって考えること)。クラーク博士は図らずも、菩薩行に精進しなさいと言っているのだと思った。キリスト教であれ仏教であれ人間として目指すべき所は同じようなものなのだと、改めて納得し、安堵した。
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# by Go-in-Kyo-san | 2009-04-14 06:33 | 北大 | Comments(1)

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これは郡上にある山の家の囲炉裏です。桜の木の薪を燃やして、あまごの焼き干しを作っている所です。あまごが余り硬くならないうちに引き上げます。ある程度数がまとまったら甘露煮にします。囲炉裏の火は料理にも使えます。
それ以上に、囲炉裏の火には不思議な力があるように思います。囲炉裏の火に限定されるのではなく、燃える炎と言ったほうがよいかもしれません。ちろちろ、ゆらゆらと燃えている炎を見つめていると心のなかの不純なものが燃えて、心が純化していくように感じてきます。
亡くなった私の兄が名古屋の某ビール工場の課長をしている頃、部下で労働組合の手ごわい連中をこの山の家に連れてきて、囲炉裏の火を囲みビールを飲みながらいろいろ話し合ったそうです。囲炉裏の火を見ているうちに、みんな段々素直になってきて、お互いに言いたいことを言えるようになり、何度か繰り返すうちにみんな兄貴の子分のようになってしまったそうです。囲炉裏の火にはそんな力があると、兄はよく言っていました。
昔、生活の中に囲炉裏があった頃、昔話は婆さんから孫たちへ、囲炉裏の火を通して伝わったのだと思います。密教では護摩を焚いて加持祈祷を行うといいます。あれは護摩の炎によって純化された祈祷者の生命が炎を通して仏と交信するのではないかと思います。炎には不思議な力があることは確かです。私はそう感じます。これは人類が火を発見して以来、脈々と受け継がれてきたDNAなのではないでしょうか?
私たちの日常生活の中に薪などの炎がなくなって久しくなりました。今我々に必要のもののひとつは、炎をじっと見つめる時間ではないかと思います。
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# by Go-in-Kyo-san | 2009-04-12 16:04 | 山の家 | Comments(1)

我が家ご自慢の火鉢

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我が家ご自慢の火鉢です。一辺の長さ80cmの正方形で、板の幅は20cm、火鉢内の長さは40cm、総欅作りです。これは郡上市白鳥町の瀬上さんという家具職人に作ってもらいました。私が画いた外形寸法の入ったスケッチを基に、瀬上さんが計算した木取り表を持って岐阜市川原町に在る桜井銘木店に行き、倉庫の中で乾燥してあった欅のフリッチを予算と相談しながら選んで、木取り表に従って製材してもらい、その材料を瀬上さんの所に持ち込んで作ってもらったと言う代物です。ウレタンなどの樹脂塗装をしてなく、植物油を浸み込ませただけですので、木はまだ息をしています。乾拭きすればするほど艶が出てきます。作ってもらってから、もう15年くらいたちます。大分よい色になってきました。
さてこの火鉢。冬の間は日常生活の中で使っています。炭を熾し鉄瓶をかけておきます。湯がいつでも沸いているので、お茶を飲みたい時にいつでもすぐに、お茶を作ることが出来ます。それよりも白湯が美味しいのです。もともと岐阜の水は美味しいのですが、炭火を使って鉄瓶で沸かした白湯はまろやかになって、それは美味しくなります。
正月にはお餅を焼きます。この春小学4年生になった姪は餅焼き名人です。皆から注文をとって、醤油の付け焼き、汁粉用、なかには焦げ目を全然つけないで、という難しい注文にも応じて見事に焼き上げます。また、この火鉢で五平餅、朴葉味噌なども焼いて楽しみます。鉄鍋をかけて、小鍋仕立ての料理などを楽しむことが出来ます。鬼平になったような気分を楽しめます。
さて、春になったので今年の冬まで当分の間お休みです。きょう収納場所に仕舞いました。
ご苦労様でした。
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# by Go-in-Kyo-san | 2009-04-10 15:36 | 折にふれ | Comments(3)

ある日の昼食

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手前から時計回り。バジルオイルを塗ったトースト、野菜のリオナとレタス、ザワークラウト、甘ヨー、
夏みかんのマーマレード、バジルオイル、夏みかん、そして紅茶。
我が家では朝食はほとんど毎日和食で、ご飯、味噌汁、納豆、干物、漬物が基本形です。量もしっかり食べます。
そして昼食は軽くパン食です。ソーセージが、ときにはチーズになったりしますが、大体こんな取り合わせです。ザワークラウトは「欧米の漬物」というホームページのレシピを参考に作りました。マーマレード、バジルオイルも手作りです。甘ヨーは自家製の甘酒にプレーンヨーグルトを同量加え、それに味噌をちょっぴり加えた、最近我が家ではやっている塩味スィーツです。栄養剤と整腸剤を兼ねた優れものです。
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# by Go-in-Kyo-san | 2009-04-09 17:49 | 我が家の手料理 | Comments(0)

食卓に乗った春

郡上の山の家から帰ってきた日の夕食。途中寄った妹の家でたけのこ(今年の初物)を頂いた。我々が長良川に遊びに行っている間に、義母が沢山の土筆を摘んでいてくれた。食べたら美味しいのだが、「はかま」をとる作業が大変。蕗の薹は明日料理することにして、今日の食卓にはこのようなものがのりました。
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折り菜の蒸したもの、土筆の卵とじ、若竹煮、たけのこの木の芽和え、きびなごの干物、大根の煮物(煮汁は先日のお稲荷さんの煮汁)、古漬けのたくあん大根。
折り菜というのはあぶらな科の野菜で、秋に種をまき雪の下で越冬し、雪解け後に伸びてくる花の茎を折って収穫する野菜。たくあんは去年の12月初旬に漬けたもの。
折り菜、土筆、たけのこ等をいただくと、「ああ、春だな~」と感じます。
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# by Go-in-Kyo-san | 2009-04-08 21:06 | 我が家の手料理 | Comments(0)

長良川上流の春

久しぶり、ほぼ半年振りに、郡上市白鳥町長滝にある山の家に一晩泊まりで、義母、女房と3人で行ってきました。目的は、山の家の掃除、布団干し、庭木の手入れ、魚釣り、山菜とりなど。天気は大快晴。それでも標高が高い(430m位)せいか、今朝は自動車の屋根には霜が降り、凍っていました。
さて山菜。蕗の薹はもうほとんどほうけていて(花が咲いてしまった)、かろうじて日当たりの悪い所に、いかにも蕗の薹というものがありました。
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そして腰を伸ばして北の方を見ると大日岳。死火山で長良川の源流です。
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この写真を撮ったあと長良川へ。暇人は忙しいのだ。
今年の初釣り。
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そして初釣果。20cmのあまごです。
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坊主のことが多い初釣り。今年は春から縁起がいいわえ。
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# by Go-in-Kyo-san | 2009-04-08 20:30 | 長良川 | Comments(4)
我が家の料理のレシピはもうひとつのブログ「としおじさんとけいこおばさんのCookingNote」に移動しました。このブログにリンクさせてあります。料理に興味のある人はそちらも覘いて見てください。
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# by Go-in-Kyo-san | 2009-04-06 16:28 | 我が家の手料理 | Comments(0)

お稲荷さんは難しい

花見と言えばお稲荷さんと言うことで、お稲荷さんを作ったが、みんなが美味しいというお稲荷さんを作るのは、本当に難しい。それぞれが自分の好みの味を持っているからだ。薄味が好きな人、
濃い味が好きな人、甘目が好きな人、甘目が苦手な人、酢の味が強いのが好きな人、嫌いな人、寿司飯がぎっしき詰まったのが好きな人、中身が少なく油揚げを重ねて閉じられるようなのが好きな人などなど。
4月4日は義父の月命日。ついでに3月、4月生まれの人たちの誕生会をした。

今回はお稲荷さんと近くの肉屋さんの揚げたての揚げ物がメインディッシュ。
今日のお稲荷さんは昨日の残りの揚げを少し甘くしたもの。全員が美味しいと言ってくれた。
材料、調味料の分量を記録しておこう。
すし揚げ:40枚(80個分) 
水:5カップ 出汁の素:8グラム 醤油:お玉5杯 砂糖:大さじ20杯
寿司飯:米5合(昆布一切れ、酒 猪口1杯) 米酢:1カップ 塩:5グラム(中さじすりきり1杯)

40個(米5合分)のお稲荷さんを作る時に、おのおのの分量が上記の半分でよいか、実際にやってみないとわからない。とにかくお稲荷さんを作るのは難しいのだ。
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# by Go-in-Kyo-san | 2009-04-05 10:58 | 我が家の手料理 | Comments(2)